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更新日付:2025年9月27日 / ページ番号:C120864
令和7年3月8日から6月1日まで開催した、第36回企画展「地図で見るさいたまの近代」 の展示内容を紹介しています。その3はこちらです。

大正元年(1912)11月に川越周辺で実施された「陸軍特別大演習」を見学する際の案内図です。「陸軍特別大演習」は、明治時代末から昭和11年(1936)まで、ほぼ毎年、国内のいずれかの地域で行われていたもので、数日間にわたって数万人の将兵が参加し、天皇が大元帥として指揮を行う、国内最大規模の軍事イベントでした。見学も可能であり、毎回多くの観衆が訪れたようです。この地図には、演習が行われる地域の地図に、南北に分かれて交戦演習を行う各陣営の想定される陣地などが記載されているほか、欄外には見学時の注意事項や標識となる旗印の解説、東京から川越への鉄道の時刻表などが掲載されています。
昭和9年(1934)に発行された、大宮周辺の商店などを掲載した案内図です。縮尺は記載がなく、周辺部では地形がデフォルメされています。地図は西を上にして描かれています。中央付近には中山道と両側の商店街が左右に続き、その上(西)には鉄道、下(東)には氷川参道が平行しています。左(南)に描かれた山丸製糸場は明治40年(1907)に開設されましたが、昭和5年(1930)に不況のあおりを受けて倒産し、このときには操業していません。左下欄外の片倉製糸、左上の渡辺組大宮製糸所、右上の三栄製糸は盛業中で、それぞれの経営陣は大宮町や与野町の要職も務めています。右(北)には大正14年(1925)に開村した盆栽村や、昭和6年(1931)にできた大宮競馬場も見えるなど、戦前における最盛期の大宮の姿が描かれた地図です。
昭和60年(1985)ごろの、手描きのイラストを使った観光案内地図です。縮尺は描かれていませんが、浦和市域の形や道路などはほぼ正確な位置に描かれています。建設中の東北・上越新幹線と通勤新線(後の埼京線)は太い線で描かれており、当時の期待の度合いが伝わってくるようです。同じく建設中の国道463号バイパス、第二産業道路などは白抜きで描かれており、こちらも目立ちます。一般的な地図は、地上にあるものを単純な図形や記号として表し、真上から見下ろした形で図にしますが、これを絵で表したものや、斜め上から見わたした形で図にすることもあります。作成に手間はかかりますが、人目を惹きつけるものがあります。
土地の姿を、空を飛ぶ鳥の目から見たように描いた「鳥瞰図」(ちょうかんず)は、江戸時代以前から絵巻物などに描かれており、江戸時代には出版文化の発達とともに多くの作品がつくられるようになりました。西洋から「遠近法」を用いた絵の描き方が導入されると、その手法も取り入れられていきました。近代に入り、交通機関や印刷技術が発達すると、観光地の紹介などを目的とした鳥瞰図の発行が流行し、多くの作品がつくられました。その多くはパンフレットなどの印刷物となり、数多く印刷、配布され、人々の目を楽しませました。
掛図「関東地方全図」昭和33年(1958)に制作された、関東地方全体を描いた学校用の掛図(縮尺16万分の1)です。昭和31年(1956)大宮市立高等学校として開校し、昭和33年(1958)に校名を変更した大宮北高等学校で使われていました。戦後の高度経済成長が始まって間もない時期で、新幹線や高速道路、東京湾岸の埋め立て地などもまだ完成していないため描かれていません。東京を中心とした市街地の広がりも、東京都区内におおよそ収まっており、市に昇格している地方都市もまだ多くありません。

昭和55年(1980)に制作された、浦和市域を描いた学校用の掛図(縮尺1万分の1)です。今の桜区の大久保小学校で使われていました。地図の背景は地形で色分けされており、台地と低地が入り組んでいる様子がよくわかります。「家の多いところ」には斜線で網掛けがされており、当時の市街地の広がりが見て取れます。また、各種の施設のうち、市内の公園だけが濃い緑色で塗り分けられており、位置や広さがわかります。
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