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更新日付:2026年3月13日 / ページ番号:C115224
「浦和絵描き」とは、昭和初期の浦和に数多く暮らしていた画家たちの呼称で、『鎌倉文士に浦和絵描き』というように鎌倉と対に称されていました。
1923年の関東大震災後、芸術家たちが東京から浦和に移り住んだことや、浦和には絵心を刺激する程よい自然環境や洋風建築が点在する都市景観があったことが、「浦和絵描き」という呼称が生まれたきっかけの一つ要因だと言われています。
当時使われていたアトリエなどは、様々な事情により、現在は数える程度しか残っていません。
浦和絵描きの一人、高田誠のアトリエには、画材や作品などが当時のまま保存されており、高田誠がそこにいた記憶を残す貴重な空間であったことから、令和7年2月に3Dレーザー測量等を実施し、アーカイブとしての保存しました。
アトリエは令和7年度に取り壊わしが行われましたが、測量データ等を基に再現した動画を作成しました。
「浦和駅周辺まちづくりビジョン」では、浦和のまちが持つ文化芸術資源の保全活用を目指しており、浦和絵描きの一人である瑛九氏のアトリエが取り壊されることを受けて、3Dレーザー測量によるデジタルデータとして保存しました。
令和5年11月に測量を実施し、レーザー測量器に加えて、ドローンによる空中からの写真測量も行いました。これにより、自宅兼アトリエの建物外観や内部、庭の樹木など、敷地内の状況を正確にデータ化することができました。
測量により取得したデータを基に動画を作成して公開しています。
データの活用方法については、引き続き様々な検討を進めてまいります。
都市局/都心整備部/都心整備課
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