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更新日付:2024年4月30日 / ページ番号:C000202
指定の区分 | 県指定 旧跡 |
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指定名称 | じゅのうじょうあと 寿能城跡 |
員数 | - |
指定年月日 | 昭和37年10月1日 |
所在地 | 大宮区寿能町2-155(寿能公園内) |
所有者 | さいたま市 |
概要 | 寿能城は、永禄3年(1560年)、岩槻城の支城として、東、南、北面を見沼に面した自然の要害で守られた平山城として築かれ、太田三楽斎資正の第四子、潮田出羽守資忠の居城であったといわれています。 天正18年(1590年)、豊臣秀吉の小田原攻めの際、豊臣勢の火にかかって落城しました。現在、寿能公園のある場所は、かつて寿能城の物見櫓があった場所で、江戸時代になってから建てられた墓が残っています。 |
関連図書 | 『大宮の文化財』第1集(大宮市教育委員会、1960年発行) 『大宮の文化財』(大宮市教育委員会、1965年発行) 『大宮の文化財』3(大宮市教育委員会、1987年発行) |
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