メインメニューへ移動 メインメニューをスキップして本文へ移動 フッターへ移動します


ページの本文です。

更新日付:2014年1月6日 / ページ番号:C002244

文化財紹介 高力清長・徳松丸・竹の局の墓及び供養塔

このページを印刷する

高力清長・徳松丸・竹の局の墓及び供養塔
高力清長・徳松丸・竹の局の墓及び供養塔
指定の区分 市指定 史跡
指定名称 こうりききよなが・とくまつまる・たけのつぼねのはかおよびくようとう
高力清長・徳松丸・竹の局の墓及び供養塔
員数
指定年月日 昭和60年9月3日
所在地 岩槻区本町5-11-46
所有者 宗教法人 浄安寺
概要 江戸時代最初の岩槻城主・高力清長は、慶長13年(1608年)に死去し浄安寺に葬られました。板碑型の墓石が1基が境内に残ります。
また、徳川家康六男松平忠輝の子・徳松丸と側室・竹の局の墓も同所にあります。2人は忠輝改易後、岩槻藩主阿部家に預けられましたが、共に寛永9年(1632年)に死去し浄安寺に葬られました。板碑型墓石2基と五輪塔1基、宝篋印塔1基が建てられています。
関連図書 『岩槻の指定文化財』いわつき郷土文庫第1集(岩槻市教育委員会、1999年発行)

見学の際には、マナーを守り、文化財の所有者や管理者、近所の方、他の参拝者の迷惑とならないようにお願いします。

この記事についてのお問い合わせ

教育委員会事務局/生涯学習部/文化財保護課 
電話番号:048-829-1723 ファックス:048-829-1989

お問い合わせフォーム