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更新日付:2026年2月5日 / ページ番号:C128038

文化財紹介 昼間の渡しと徳川家康伝説

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名称 ひるまのわたしととくがわいえやすでんせつ
昼間の渡しと徳川家康伝説
区分 未指定文化財
所在地 飯田新田495-12
概要  大宮と川越方面を結ぶ道が荒川を越えるには、かつては渡し船に頼っていました。
大宮では宝来の「老袋の渡し」、遊馬(西遊馬)の「千手堂の渡し」と、当地に伝わる「昼間の渡し」がありました。
 伝説によると天正(16世紀後半)の頃、徳川家康が川越から岩槻へ向かった時、この渡し場へさしかかった頃には
日がトップリと暮れてしまいました。
 これを知った村人はかがり火をたき、手に手に松明をかざして家康の一行をお迎えしました。
 その明るさがあたかも昼間のようだったので感激した家康は、渡し守に川岸あたりに土地を与え、姓を「昼間」と
名乗らせたというものです。
 江戸~大正期には飯田河岸として使われ、河岸には船頭小屋・筏宿・茶屋などがあり賑わいを見せたようです。
 なお、県道が新設された明治末には、現在の船渡橋付近に渡し場も移動したようです。現在は河川改修により
新河岸川放水路がびん沼川に合流、旧荒川の面影は湯木町から飯田新田の一部で見られるだけとなりました。
 薬師堂(100m南)の境内にある石造の馬頭観音には「右 世野(与野)町 大ミヤ(大宮) 岩つき(岩槻)道」「左 飯田
渡船 川こえ(川越)道」と彫られ、古い道が東西を結んでいたことを伝えています。

 見学の際には、マナーを守り、文化財の所有者や管理者、近所の方、他の見学者の迷惑とならないようにお願いいたします。

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