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更新日付:2026年2月5日 / ページ番号:C127995

文化財紹介 学校橋

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名 称 がっこうはし
学校橋
区 分 未指定文化財
所在地 植田谷本961
概 要  江戸時代の中頃になると各地に「読み書きソロバン」を教える寺子屋が寺院などを使って開かれます。
植水地区では8か所にありました。明治6年(1873)になると「植田谷学校」が林光寺に開かれ、学校教育がスタートします。
男子56人、女子14人が通い、 2人の先生に教えを受けていました。植田谷本村、三条町村、中野林村、側ケ谷戸村(三橋4丁目)
から通っており、鴨川を越えて来る側ケ谷戸村の子供たちのために学校橋が架けられました。
初代の学校橋は、ここから約100m上流にあり、両岸と川の真ん中に杭を打ち、幅60センチメートル程の板を渡しただけの
簡単なものでした。
旧道は、三橋側へ渡ると堤の上を上流の関沼方向へ結ばれていました。昭和12年(1937)に2代目が当地の上流約50mに架けられ、
平成2年(1990)には川の改修に伴い現在の3代目となりました。かつて、川の水は大変きれいであったので、夏には橋の上から
鴨川めがけて飛び込み、一日中水遊びに興じたといいます。
河川に沿って見られる桜は、昭和27年(1952)に地元の方々が植えたものです。「鴨川櫻記念碑」が、約100m上流(林光寺わきの
川沿い)に保存されています。

 見学の際には、マナーを守り、文化財の所有者や管理者、近所の方、他の見学者の迷惑とならないようにお願いいたします。

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