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更新日付:2026年3月31日 / ページ番号:C129225

第49回特別展「真福寺貝塚-国指定史跡50年-」 展示Web解説 その5

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第49回特別展「真福寺貝塚-国指定史跡50年-」 展示Web解説 その5

令和7年10月11日から11月24日まで開催していた、第49回特別展「真福寺貝塚-国指定史跡50年-」の展示を紹介します。

第4章 真福寺貝塚のこれから

真福寺貝塚は、国指定史跡として恒久的に保存していくことに加え、広く活用していくことが必要です。
活用のために史跡整備を進めていく際の基本として、平成27年(2015)に保存活用計画が策定されました。
この計画に基づく具体的な整備計画の立案にあたり、遺跡の詳細な保存状況を把握するため、さいたま市は史跡内の発掘調査事業を始めました。
平成28(2016)から平成30(2018)は史跡東側の調査を、令和元年(2019)からは史跡西側の調査を実施しています。

さいたま市では、調査の成果をもとに、今後、真福寺貝塚を史跡として保存、整備していくための具体的な計画を立てていく予定です。

国の史跡に指定されてから50年、真福寺貝塚はこの先どのような歩みを進めていくのか、真福寺貝塚のこれからについて考えます。

真福寺貝塚K地点 平成28年(2016)~平成30年(2018)の調査

平成28年度~平成30年度にかけて、史跡東側を中心にどのような遺物があるのか、遺構がどのように分布しているのかを調べるための調査を行いました。
居住域にあたる高まり部分からは、縄文時代後期前葉から晩期中葉までの貝層を伴う土層堆積や住居跡をはじめとする居住痕跡を多く確認することができました。
貝層からは獣魚骨が多く出土していて、当時の食料資源を考える上で貴重な資料を得ることができました。
高まりの内側にある窪地内の調査では、縄文時代晩期中葉を主体とする遺物包含層が広く分布していること、墓壙と思われる遺構が検出されたことなど、窪地内の詳細が明らかになりました。
マガキ層 焼土跡
K地点マガキ層

K地点の高まり部分で検出されたマガキの堆積層です。調査地内では最も古い時期の貝層で、縄文時代後期前葉の堀之内2式期のものです。

K地点焼土跡

縄文時代後期中葉の焼土跡です。高まり部分の貝層と焼土跡から、貝層と火を焚く行為が連綿と行われていたことがうかがえます。

柱穴 土坑と柱穴
K地点柱穴

柱穴の断面図ですが、掘りこみの上端が地山のローム層ではなく、上の堆積層であることがわかります。

K地点土坑および柱穴

縄文時代後期後葉の安行1式期の土層の下で見つかった複数の柱穴と土坑の検出状況です。一部は列状に並んでいて住居跡に関連するものと思われます。

縄文時代晩期中葉の土器 土師質須恵器
K地点晩期中葉の土器(左の写真)と土師質須恵器(右の写真)

K地点の窪地内には晩期中葉の土器が大量に含まれた土層が堆積していました。この堆積層を壊して平安時代の住居が建てられていて、西壁の床面からは完形の土師器や土師質須恵器が出土しました。このことから縄文時代以降、平安時代に再び窪地内に人が住んでいたことが分かりました。

真福寺貝塚L地点 令和元年(2019)~令和4年(2022)の調査

L地点調査の概要
 
令和元年度~令和4年度にかけて史跡北西側の台地を中心に保存状況や遺構分布を明らかにするために調査を行いました。
窪地内の調査の結果、環状盛土(高まり)によって囲まれた窪地の開口部が、当初考えられていた西側ではなく、北西方向にあることが分かりました。
窪地と谷の縁辺部の間も地山の高まりがみられ、住居跡や土坑、焼土跡などの居住痕跡が存在していました。
谷際は展示Web解説その4で紹介した土層剥ぎ取り標本のとおり、縄文時代後期前葉から晩期中葉の土層が堆積していました。
北側と南側では谷部に向けての土層の堆積に時期差が見られることから、集落が営まれていた期間は形状は常に変化していたが、集落としての役割を終えた後、現在のようななだらかな斜面を形成したことが分かりました。
 
籃胎漆器出土状況 窪地土器出土状況
L地点 籃胎漆器(らんたいしっき)片出土状況

L地点の西、泥炭層(低湿地)遺跡部分で出土しました。籃胎漆器は竹ひごなどを編んだ製品に、漆を塗り重ねて仕上げたものです。大正時代の泥炭層調査の時にも出土しており、約95年ぶりの出土でした。埼玉県内でも数例しかなく、貴重な資料です。

L地点 窪地土器出土状況

L地点の東、窪地部分の表土からは土器片が多数出土しました。堆積する土層には1~5mm大を主体とする焼けた獣骨片も大量に含まれていました。K地点から継続して調査していた窪地は、もともとの地表面がL地点から谷部に向かって低くなっていくと考えられていましたが、逆に谷部に向かって緩やかに立ち上がっている様子が確認できました。

さいたま市文化財保存活用地域計画

令和6年(2024)12月、『さいたま市文化財保存活用地域計画』という、さいたま市における文化財の保存及び活用に関する総合的な計画が策定されました。計画では、歴史文化遺産の保存・活用に関する将来像として「みんなで 語り、つなごう さいたまの宝」を設定し、この将来像を達成するために、文化財の保存・活用に関する4つの基本方針「さがす いかす たすけあう まもる」を定めています。
文化財の認知度が低い、整備が十分でないなど文化財に関する課題は山積しています。真福寺貝塚については、まず遺跡の価値を周知する情報発信、将来的には史跡の価値を周知するためのガイダンス施設の整備や駐車場の整備などを実施して、さいたまの宝として貴重な歴史資源を広く市民に還元していくことが計画されています。
 


第3章 真福寺貝塚の遺構を見る

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