メインメニューへ移動 メインメニューをスキップして本文へ移動 フッターへ移動します


ページの本文です。

更新日付:2026年3月31日 / ページ番号:C129165

第49回特別展「真福寺貝塚-国指定史跡50年-」 展示Web解説 その4

このページを印刷する

第49回特別展「真福寺貝塚-国指定史跡50年-」 展示Web解説 その4

令和7年10月11日から11月24日まで開催していた、第49回特別展「真福寺貝塚-国指定史跡50年-」の展示を紹介します。

第3章 真福寺貝塚の遺構を見る

真福寺貝塚には、周囲よりやや盛り上がっており、貝塚や住居が残されている部分があります。
この「高まり」部分は円周状に広がっています。
こうした高まりは他の遺跡でも見られることがあり、「環状盛土遺構」とも呼ばれます。

近年の調査でこの「高まり」部分では、縄文時代後期前葉から晩期中葉にかけての遺構や堆積層が確認できました。
この堆積層は高まりの全体に広がって堆積しているのではなく、数mほどの小規模な堆積が多数重複することで高まりを形成していることが明らかになりました。
堆積層は古い時期のものから積み重なっていくだけでなく、時に古い時期の層を一部壊して土坑や柱穴などが構築されていました。人々が生活を営んでいく中で、土を盛り上げたり掘り下げたりする行為が頻繁に繰り返されながら高まりが形成されていったようです。

剥ぎ取り地点 堆積の図

土層の剥ぎ取り地点(真福寺貝塚L地点)

真福寺貝塚L地点北側の土層と堆積した時期
(縦方向に引きのばしたもの 横方向は1目盛りが1m)
土層剥ぎ取り標本 土層剥ぎ取り標本
土層剥ぎ取り標本(南側)幅3.7m 高さ2.2m 土層剥ぎ取り標本(北側)幅1.7m 高さ2.4m
L地点北側谷際の調査区の壁に合成樹脂を塗布して固め、薄く剥ぎ取って作成した標本です。縄文時代後期前葉から晩期中葉にかけての土器を伴う土層によって谷が埋まっており、最も堆積が厚い場所では、厚さ2.7mに達していました。縄文時代後期から晩期の数百年間で人々の活動によって地形が変化していたことがわかります。
樹脂を塗った面が標本の裏側になるため、層の見え方は調査中に見えるものの裏返しになっています。


第4章 真福寺貝塚のこれから


第2章 土器の編年研究への貢献

この記事についてのお問い合わせ

教育委員会事務局/生涯学習部/博物館 
電話番号:048-644-2322 ファックス:048-644-2313

お問い合わせフォーム