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更新日付:2026年3月31日 / ページ番号:C128138
令和7年10月11日から11月24日まで開催していた、第49回特別展「真福寺貝塚-国指定史跡50年-」の展示を紹介します。
土器の研究が進み、作られた時代や様式が細かく分類されて編年研究が進むと、それぞれに名前が付けられるようになりました。真福寺貝塚からは縄文時代後期前葉の堀之内1式から縄文時代晩期中葉の安行3d式までの土器が出土します。
「安行式(あんぎょうしき)」の名前の元になったのは、今の川口市の安行地区にある猿貝貝塚ですが、この型式の土器が真福寺貝塚での大正時代の発掘で数多く見つかり、さらに細かく分類を進め、研究を深めていく上での重要な指標となりました。第2章では、安行式土器の編年研究の歴史を追いながら、遺跡内から近年出土した安行式土器を紹介しました。
土器全体のうち、一部分を示す用語について、深鉢形土器を例にして主なものを紹介します。

土器の表面の文様には、様々な付け方があります。主な方法とそれぞれの呼び名を紹介します。




安行1式土器は、前段階の曽谷式土器を引き継いだ土器です。
口縁が内に入るか、もしくはまっすぐしていて厚みがあります。
文様は弧線を上下でずらすという曽谷式から引き継いだものが特徴です。
精製土器は把手状になります。
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鉢 大形の波状口縁で刺突文の中に赤色の被膜細片が残っています。 |
深鉢形土器 口縁部破片 それぞれ帯縄文とコブが施されています。直立もしくは外側に開く器形が主体となっています。 |
鉢形土器 帯縄文と2段のコブを4つ配置しています。 |
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真福寺貝塚D地点 |
真福寺貝塚K地点 |
真福寺貝塚L地点 |
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安行2式土器は前段階の安行1式土器を踏襲しながら土器の形の種類が多様化します。
精製土器は立体的な把手に豚鼻状のコブや刻み目のある隆帯が施されるようになります。
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深鉢形土器 破片 土器の頸部に2本一組の沈線で弧線と斜線を描き、内部に刺突を施しています。地文には条線を施しています。 |
鉢形土器 頸部のくびれ部分にはキザミを伴うコブが2個一対で付いていて、磨消縄文で文様を描いています。 |
台付鉢形土器 上部が3分の1ほど欠損していますが、台の部分はほぼ残っています。器台には弧線状の沈線と穿孔が見られます。 |
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真福寺貝塚L地点 |
真福寺貝塚L地点 |
真福寺貝塚確認調査第6地点 |
安行3a式土器は前段階の安行2式土器を引き継ぎ、文様は入組文の磨消縄文が流行します。
その一方で独自の弧線文や沈線文も見られ、複雑化します。
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| 鉢形土器
口唇部に粘土紐を貼付し、その下に横長で刻み目のあるコブがついています。胴部は入組文や三叉文が見られ、沈線の間には縄文が施されています。胴部の中央部は横長のコブが連続して並んでいます。 |
注口土器
注口部が欠損した注口土器で、無文の口縁部は外反し、くびれ部分から胴部上半には平行の沈線が引かれ、中に縄文が施されています胴部は入組文があり、沈線間に縄文が施されています。底部は丸みがあり、安定感がありません。 |
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| 真福寺貝塚I地点 | 真福寺貝塚I地点 | |
安行3b式土器は波状や平らな口縁部をもつ深鉢形土器のほかに浅鉢形土器や壺、台付鉢形土器が見られます。
文様は縦や横に並んだ2つの突起や胴部の入組文が増えていきます。
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| 深鉢形土器 破片
よく磨かれた口縁部は内湾し、口唇部と胴部に粘土紐が貼付されています。粘土紐の上には刻み目を巡らせています。粘土紐の区画内は条線を施した後、沈線で文様を描き、文様内に縄文を施しています。 |
深鉢形土器 破片
粘土紐が貼付された口唇部と胴部の間は沈線で文様が描かれています。 |
深鉢形土器
口縁部に豚鼻状のコブを2段配置しています。胴部より下は右下がりのケズリを施しているのみです。 |
| 真福寺貝塚I地点 | 真福寺貝塚I地点 | 真福寺貝塚L地点 |
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| 深鉢形土器
口縁部と胴部に刺突する区画帯を描いた後、縦区画の文様を描き、両脇に弧線文を描いています。さらに頸部に描く文様内には短い沈線を施しています。 |
深鉢形土器
口縁部と胴部を縄文帯で区画した中に右下がりの条線を描いた後、縦区画の中の条線を縦方向のミガキで磨り消しています。胴部は右下がりのケズリを施しています。 |
| 真福寺貝塚L地点 | 真福寺貝塚L地点 |
安行3c式の土器の形は前段階の安行3b式土器と変わりませんが、文様が沈線と列点が主体になります。
列点は米粒の形をしたものが多く見られるようになります。
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| 土器 破片
暗褐色の胴部の破片で、沈線と連続する弧状の文様が描かれています。 |
土器 破片
沈線で区画された中に、さらに沈線で文様が描かれています。 |
| 真福寺貝塚I地点 | 真福寺貝塚K地点 |
安行3d式土器は精製土器と粗製土器の区別が曖昧になります。
文様の大部分は沈線のみとなり、入組三叉文(いりくみさんさもん)が発達します。
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| 土器 破片
K地点窪地内から出土した土器破片です。描かれる沈線が太く、入組三叉文を主体として文様が施されています。 |
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| 真福寺貝塚K地点 | ||
縄文時代後期後半の土器には、同じ時期の土器の中に、器面が丁寧に磨かれ、装飾性が高い精製土器と、全体的に装飾に乏しい粗製土器が見られます。
特に煮炊きや貯蔵に使われていたとみられる深鉢形土器で精製・粗製の違いを顕著に見ることができます。
安行式土器の場合、精製土器は主に凹凸を4回繰り返す波状口縁となり、口縁部や胴部に縄文帯が見られます。
波状口縁の下部には三角形の隆起帯に縄文が施されたり、豚の鼻やコブの形をした突起が付けられたり、立体的で装飾性が高いです。
精製土器は精巧で薄手かつ小型という特徴ももち、祭祀との関係も考えられます。
一方の粗製土器は底部が小さいものが主流です。口縁部と胴部の上半に粘土紐を貼り付け、刻みやヒダ状のものが加えられます。
粘土紐の間は沈線や縄文が施されます。
縄文時代では、海水を煮詰めることによって塩づくりが行われていたと考えられていて、この塩づくりの際に使われた土器を製塩土器と呼んでいます。製塩土器は深鉢形土器が主体で、ほかに鉢形や浅鉢形土器も見られます。全体的に薄く作られ、輪積痕が残り、輪積痕を消すための粗いケズリなどの調整痕が見られます。塩づくりのために煮沸して使用されたため、割れたものが多く、破片で見つかることが普通です。大宮台地周辺でも真福寺貝塚のほか、東北原遺跡、小深作遺跡(いずれも見沼区)、馬場小室山遺跡(緑区)などから製塩土器が見つかっています。千葉県や茨城県の海岸線に近い遺跡では、遺跡全体の土器の中で製塩土器の占める割合が高く、大宮台地周辺と比べると数量に大きな違いを見ることができます。
製塩の方法には、海水だけを煮詰める方法のほか、ホンダワラなどの海藻を何層も重ねて、海水をかけることを繰り返した後、火にかけて上澄みを煮詰める「藻塩」という方法があります。平成30年(2018)の調査の際、縄文時代後期の灰の層から海藻に付着して生活するシモハマツボという巻貝の焼けた殻が見つかりました。藻塩による製塩が行われていた可能性を示す資料として注目されています。それまでは海からやや離れた大宮台地においては、製塩土器は塩を作る土器というよりは海岸線に近い遺跡が作った塩を運ぶ器としての役割が考えられていました。しかし、藻塩による製塩方法が考えられるようになったことで、大規模ではありませんが、製塩が行われていた可能性もあると考えられています。
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| 土器の厚さが非常に薄くなっています。土器表面は整形された痕跡が見られるものの、口縁部や外面はざらついています。 | 土器の厚みは非常に薄いですが、胎土がよく焼きしまっています。特に、真ん中と右の破片は口唇部の整形をほとんど行っていません。胎土は茶褐色をしています。 | ||
| 真福寺貝塚I地点 | |||
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