ページの本文です。
更新日付:2026年9月5日 / ページ番号:C126649

埼玉県指定有形文化財(彫刻)に指定されています。
レプリカ(複製)ですので、照明の下でじっくりとご覧いただけます。(原資料:廓信寺所蔵(浦和区北浦和))
江戸時代初期に浦和郷1万石の代官となった中村吉照(なかむらよしてる)が、旧主・高力清長(こうりききよなが)の追善(死者の冥福を祈って善根を修めること)のために創建した浄土宗の寺、廓信寺(かくしんじ)の本尊です。
寺伝(じでん)によれば、この像はもとは大阪城の内仏で、落城後に徳川氏のものとなり、それを中村吉照が拝領したものといわれています。
平安時代後期に盛行した定朝様式(じょうちょうようしき)の特色をよく伝える県内屈指のものといえます。
※定朝様式(じょうちょうようしき)…平安時代中期に仏師の定朝が完成させた、日本の代表的な仏像の彫刻様式のこと。

埼玉県指定有形文化財(彫刻)に指定されています。
レプリカですので、照明の下でじっくりとご覧いただけます。(原資料:医王寺所蔵(桜区西堀))
俗に「雹除け(ひょうよけ)の大日如来」として知られています。
この大日如来、発見されたときは野ざらしの状態になっており、お堂にきちんとお祀りしなかったら雹が降り、お堂に丁寧に安置したところ雹がピタリとやんだという伝承があります。
江戸時代に宝冠などが修理されていますが、全体的には造られた時の姿をよく留めています。
大日如来には胎蔵界(たいぞうかい)と金剛界(こんごうかい)の像がありますが、この大日如来は胎蔵界の仏像です。
宝冠を頭に被っていること、組んだ足の上で両手を重ね合わせて親指同士を軽く触れ合わせる、座禅をするときのような 「禅定印(ぜんじょういん)」と呼ばれる印を結んでいることから、胎蔵界大日如来であると判断できます。
次
その10 木造不動明王坐像および二童子像
教育委員会事務局/生涯学習部/博物館/浦和博物館
電話番号:048-874-3960 ファックス:048-874-3960