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更新日付:2026年6月13日 / ページ番号:C126531

浦和博物館展示Web解説 その5(浦和宿絵図)

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浦和博物館展示Web解説 その5(浦和宿絵図) 

浦和宿絵図

浦和宿絵図(うらわしゅくえず)さいたま市指定有形文化財(歴史資料)に指定されています。

文化8年(1811年)に作成された、浦和宿全域および岸村のうち調神社境内と月山寺領を描いた絵図です。
縦5.21m、横3.41mの和紙張り合わせの上に、中山道を中央に配して、土地利用や道路、水路などが分かるように色をかえて表現されています。
そして、1軒ごとの屋敷地や田畑の区画、本陣や玉蔵院、調神社などの建造物が描かれています。
裏面には別紙が添付されており、それにこの絵図の作成の趣意と211人の連判があり、文化8年(1811年)4月に作成されたことが分かります。

下の写真は浦和宿本陣の付近を拡大したものです。
浦和宿の本陣(大名や公家、高僧、幕府役人が泊まる公的宿泊施設)は代々星野家が勤めており、幕末に至っています。
中山道の中では大規模であり、建坪(たてつぼ)は約222坪あったという記録が残されています。
しかし本陣の維持にはかなりの負担があり、享保19年(1734)には老朽化した本陣の再建ができないことを理由に本陣役の免除を願い出ています。
 
浦和宿絵図画像
浦和宿本陣付近 


その4 足立百不動第一番標石・長日護摩供五千座供養塔


その6 「少年と鳩」

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